2008-07-04-Fri
↑クリックするとKENムービーがご覧にいただけます。 「こんにちは、KEN先輩です。
今宵もわたくしの風俗講義を開かせてもらった。
見てくれ!
みなさんからのお手紙、ご意見たくさん募集しているしれ!
特に・・・女の子わたくしの講義受けてほしい。」
風俗街とはすなわち「ブランド」であります。
「今日はヨシワラホリノウチ〜」と、かの○ケちゃんマンの主題歌にもあるように、
有名な風俗街はその名前にアイデンティティを背負っているものです。
吉原といえば歴史ある
ソープの街、
歌舞伎町といえば日本を代表する歓楽街という
ように、日本人なら皆すぐに連想するでしょう。
今回もそういった全国的な「ブランド」の街――
「
西川口をクローズアップしてみたいと思います。
さて、皆様は
西川口と聞いて何を連想するでしょうか?
東京よりほど近い、このいち地方都市が全国区で知名度を誇るようになったのは、
やはりこの街ならではの「過激なサービス」が有名だからでしょう。
もとはかの「キューポラのある街」として栄えた
川口市、オートレース場がある事もあって風俗街として発展を続けてきました。急激に成長したのは10年ほど前でしょうか。
過激なサービスをウリにした
風俗店が現れ始めると、雨後のタケノコの如く同様の
サービスをウリにした風俗店が増え始め、その名は一気に全国区になります。
顔をしかめる地元の住人の方も多かったのでしょうが、
風俗が街の発展に一役買ったのは間違いのない事実でしょう。
ですがその隆盛も長くは続きません。数年前より取り締まりが厳しくなり、幅を利かせていた過激なお店はほぼ一掃されました。それと同時に、人の流れを変えられた商店街もまた活気を失いつつあります。
風俗店の健全化は業界にとっても住民にとっても避けて通れない重要課題ではありますが、街の衰退という結果は残念と言わざるを得ません。
風俗もまた栄華盛衰が激しい世界ではあります。このまま
西川口は寂れる一方なのでしょうか?ここまて育ったブランドを死なすにはあまりにも惜しいものがあります。
かつての勢いが衰えたとはいえ、まだまだ首都圏における一大歓楽街であることには変わりありません。
風俗店も淘汰の末、結果として優良店が数多く残っているという見方もあります。過激さだけではない別のウリを見出せれば、西川口というブランドネームをむざむざ殺さずにすむのではないでしょうか?
風俗街を街ぐるみで再度盛り上げることができれば、全国にも例のないモデルケースとしてイニシアチブを得ることができるかもしれません。
かつて文化の発信地であった
吉原遊郭が数百年の時を経てアップトゥデートされ、
ソープ街に姿を変え今でも生き続けているように、
西川口も時代とのすり合わせで
健全な
風俗街として再び脚光を浴びる日が来るのを願ってやみません。
どんな事例であれ、社会というものは締め付けが厳しくなれば別の形で歪みが出るものであります。上手く共存の道を探り当てて欲しいものです。